永遠の出発は、自分がみ旨を知った瞬間から続くのです。ここに一日のうちの瞬間でも、時間の関係において飛躍があったり、どん底が生じれば、永遠は中断されるのです。 それゆえ、我々が生涯の路程を中心として、信仰の道を行くのに、今年行けなければ来年に行き、来年に行けなければ再来年に行き、十代に行けなければ二十代に行き、二十代に行けなければ三十代に行き、三十代に行けなければ四十代に行けなければ五十代に行きと、このようにしてはいけません。一生をこのように生きていくなら、彼は、一生をみ旨と一つになった一日の生活をもってみることができずに死ぬでしょう。(「地上生活と霊界」より)
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