malsm-note
One Family under God
人類のメシア・救世主・真の父母であられる文鮮明総裁・韓鶴子総裁の御言葉(みことば)
神様の愛は
神様の愛は与えてももっと与えたくて、
恥ずかしさを感じる心を持っている愛です。
与えてから恥ずかしい心を感じる人であるほど、
真の愛の主人なのです。
父母は子女に服を着せても、
もっと良い服を着せてあげることができないことを
すまないと思います。
与えながらも、満足を感じるのではなく
不足さを感じるので
愛を通して
それを補充してあげるのです。
幸福は、「為に生きる」人生を生きる時にこそ
幸福は、人のために生きる人生の中にあります。
自分のために歌を歌ってみても全然幸福ではないように、
自分のためのことには喜びがありません。
いくら小さくて、取るに足らないことでも、
相手のために、人のためにするとき、
幸福を感じるのです。
幸福は、「為に生きる」人生を生きる時にこそ発見できるのです。
宇宙は神様が私のためにつくってくださった
この宇宙はどれほど神秘的な世界でしょうか。
神様は遊びでつくったのではありません。
精誠を尽くして、愛する人のためにつくったのです。
ですから、この世界はどれほど美しいことでしょうか。
この宇宙は神様が私のためにつくってくださったのだという、
この上ない感謝の心を持って丘を歩き、
草木や花を眺め、
鳥を見て鳴き声を聞いては感動し、
水が流れて風が吹く、
そのようなすべてのものを見るとき、
それはどれほど素晴らしく見事なものでしょうか。
悲しかったり惨めになった時
悲しかったり惨めになった時は、いつも天の父の立場を思うことが大切です。
天の父も、同じように悲しく惨めに感じている、という経験をしたことがありますか。
もしそのように感じたならば、その時こそ、神様はあなたと共にいらっしゃるのです。
感謝
感謝は天運を受けるようにし、
許しは人の心を開き、
愛は人を動かします。
万事に感謝し、
怨讐までも許し、
隣人を私の体のように愛し、
平和のために一つになりましょう。
一つの岩、一瞬の風にも
大宇宙のあらゆる存在物は、一つとして神の心情の外で生まれたものはありません。
木の葉一枚揺れることにも宇宙の息遣いが宿っています。
自然を大切にして保護する近道は、自然を愛する心を持つことです。
道を歩いていて一株の草を見ても、涙を流すことができなければなりません。一本の木を抱きかかえて泣くことができなければなりません。
一つの岩、一瞬の風にも、神様の息遣いが隠されていることを知らなければならないのです。自然を大切にして愛することは、神様を愛することと同じです。
神様がつくられたすべての存在を愛の対象として感じなければなりません。博物館にある一つの作品がいくら立派だとしても、生きている神様の作品には及びません。
道端に咲く一輪のタンポポが新羅の金の冠より貴いのです。
問題のないところに自分は必要ない
・できないようなことを指令される人は偉い人になる。できないようなことを指令されて、やったとき偉くなるんだ。
・できないと言って砕けるな。できないからもっとやる、というんだね。問題があるからこそ自分が必要であって、問題のないところに自分は必要ない。そう思うものは発展するんだよ。そう思うものには神様は希望を持つよ。
・仕方ないながらもやるんだよ。その仕方ない部門にはいくらでも成功の道があるし、いくらでも善の道もあるし、いくらでもそれは世界的な道も開かれる。だから人間は限界を立たしてはいけない。
新しい投稿
ホーム
登録:
投稿 (Atom)