文鮮明先生み言葉選集1〜50巻の内容より要約。
神の創造の目的と人間への希望
神の創造の究極的な目的は、アダムとエバを中心に地上天国を築き、人間が地上で天国生活を送った後に天上天国へ入って暮らせるようにすることでした。神の希望、信仰、愛は、神自身のためではなく、人間のものでした。神は、その人間を、すべての被造物に対して誇れる存在、すなわち「全体の希望、全体の信仰、全体の愛の代わりをする存在」として創造されました。人間は本来、神の心を受け継ぎ、その子孫が世界を支配する「真の始祖」となるはずでした。神は人間を、あらゆる被造物の上に立つ「栄光の地位」にまで引き上げようと労苦されました。
堕落による関係の変化
しかし、アダムとエバの堕落により、神が本来意図された理想的な天国と実体的な地上天国は失われ、天上世界と地上世界はサタンが神を訴えることのできる「悲しみの世界」と化してしまいました。堕落後、地上だけでなく天上界の神の玉座の下までもがサタンの活動範囲となり、サタンは霊界や肉界の人間を絶えず訴えてきました。人間はサタンの血統を受けて生まれたため、サタンの子となり、神との本来の関係が断ち切られてしまいました。
この堕落により、人間は神の心情を受け継ぐことができず、神の心情に似た人格や、人格の上に立つべき御言の目的を失いました。歴史は神の心情とのつながりを持たずに始まり、裏切りと反逆の歴史が続いてきました。そのため、神は無限の労苦と苦痛の道を歩んで人間を探し求めてこられ、人間が悔い改めて神の愛と生命の圏内に入ることを求めておられます。神は堕落した人間のため、イエス、聖霊、そして神ご自身も休むことができず、今もなお悲しみと苦痛の中にあります。神は、人間の過ちによって創造された被造世界がサタンに渡ったことを、骨身にしみるほど悲しく感じています。
関係回復への道程
関係回復のためには、人間側の責任遂行が不可欠です。イエス様と聖霊は、人間が天を動かす基準を確立し、全てを終結させなければ、人間に対して訴え続けるでしょう。イエス様にも聖霊にも、人間なしに決定する権限はなく、決定の権限は私たち人間にあるとされます。
人間は、イエス様と聖霊の悲しみを解き放ち、永遠の天の勝利が実現する日を待ち望む必要があります。そのために、キリスト教徒は、イエス様の復活がもたらした限定的な喜びを、悲しみを伴わない宇宙的な永遠の喜びへと高める責任があります。
回復の道は、個人のみならず、家庭、氏族、民族、国家、世界へと拡大されなければなりません。これは、アベルがカインに勝利し、長子の立場を回復する摂理的な過程を反映しています。真の回復は、自分自身の欲望を中心とするのではなく、神と世界のすべてを中心として、涙と汗と血を流し、犠牲を払うことを通して達成されます。
人間は、自分自身を否定し、神を第一とすることでサタンの誘惑から解放されます。神の心情に触れ、それに涙を流すことができる「真の人」となることが求められます。この道は個人的な犠牲から始まり、家庭、氏族、民族、国家、世界的な基準へと広がり、最終的には宇宙全体を包容する「四位基台」を完成させることを目指します。
イエス様の役割もこの回復に不可欠です。イエス様は「ひとり子」として来られ、神と人間との関係を父子の心情的な絆で結びつける基盤を築かれました。イエス様は十字架の苦難を通して、堕落した血統を清める贖罪の道を進まれました。しかし、イエス様は家庭を築けなかったため、楽園にとどまっており、再臨主が来て家庭を築くことで地上天国が実現するとされます。
聖霊はイエス様の「花嫁」として、サタン世界にいる人々を神のもとへ導き、イエス様を強く慕う心情をもたらす働きをします。この三位一体の神様は、人間と共に堕落による悲しみを解き放ち、天の勝利を勝ち取るために働いています。
神と人間の深い絆
神の希望、信仰、愛は、人間のためにあります。神は、人間の側で決定する権限を持たず、人間が主体的に神の御旨を果たすことを願っておられます。神は、人間が苦難の道を歩むときも、その苦難の経験を通して人間を成長させようとされます。神は、真に心を尽くす祈りに応え、人間が自分自身の欲望のためでなく、全体のために祈るときに動かれます。
神は、人間が「清く」、「新しいもの」となることを好み、その存在を祝福し、繁殖させます。神は、人間が苦痛の中で自分を深く見つめ、神を慕うとき、超意識的な感覚の中で神と一体となる経験ができるとされます。神は、人間がどんなにみすぼらしく見えても、彼らが御旨のために働くことに喜びを感じます。
現在の摂理と未来への展望
現在は「末日」の時代であり、「世界主義」へと移行しています。この時代は、民主主義と共産主義が対立する中で、それを超越する「統一思想」が求められています。統一教会は、この世界的な使命を担い、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界全体を神の御旨へと回復させる運動を進めています。
特に韓国は、第三イスラエルの立場にあり、失われた第一イスラエルの使命を回復する責任を負っています。統一教会員は、この使命を担う「祭司長国家」の民となるべく、犠牲と奉仕の精神で行動し、模範的な家庭を築き、次世代に天的な伝統を継承していくことが求められています。
この回復の道は、決して平坦ではなく、イエス様が歩まれたように、個人、家庭、氏族、民族、国家、そして世界的な迫害や苦難を伴うでしょう。しかし、これらの苦難は、悪を裁き、より大きな勝利へと進むための不可避な条件であるとされます。最終的には、真の親と一体となる内的な基準を確立し、サタン世界の悪を排除する力を養い、地上に天国を築くことが神と人間の共通の願いです。
